| Entrance | Stargazer Index |
written in 28 Jan.2003
modified in 30 Jan.2003
あの寒い朝、「彼女」は儀式に臨んでいた。もはや「彼女」を理解してくれるものなどいない、そんな中、大人達の夢、あるいは野望を一身に背負って。そして、「彼女」は散っていった。
はるか昔から、大人達は夢、あるいは野望を持っていた。けれどもそれはあまりに高いハードルに阻まれていた。偉大な大人達がそれをかなえるべく一つの結論を得たのは、ようやく最近になってからの話だった。けれども、その結論は残酷なまでに冷徹だった。それでも大人達は、悪魔と取引してでも夢を選んだ。否、選ばざるを得なかった。
「彼女」のような「巫女」はそうして生まれてきた。地上のいかなる屈強な男達でもかなわない力を見せる彼女達は、知らない人から見れば少女などと想像もし得ない存在だった。けれども、彼女達はその実あまりに繊細で、華奢で、誰よりも臆病だった。巫女が大人達の夢、あるいは野望をかなえる為には、その命が必要だったからだ。儀式とはつまり、巫女を生贄に捧げる事だったのだ。彼女達は、その為に生まれてきて、自身の力と役割を十分承知していたから、死ぬ事を恐れたりはしなかった。ただ、自分の命が無駄になる事を除いては。彼女達はほとんどが傍から見ればわがまま、あるいはかんしゃく持ちだった。けれどもそれは、彼女達が誇りを持って儀式に向かう事の裏返しだった。
巫女達はその命と引き換えに大人達の夢、あるいは野望をいくつもかなえてきた。けれども一つの大きな夢がかなった頃、儀式の度に巫女達を失っていく事に疑問が持たれ始めた。巫女達は生きて帰ってくる事が出来なかった。ある者は力を出す事に失敗して、ある者は自分の力に耐え切れず、またある者は精神がバラバラになって。儀式を最後まで勤め上げた者達とて、帰って来た時には変わり果てた姿で、終わった瞬間に事切れるしかなかったのだ。そんな巫女達を育てるのには相応の時間と金とが必要だった。それがなくて済めばもっともっと多くの夢がかなう、そんな考えが大人達に広がるのに時間はかからなかった。道が険しいのは分かっていた。儀式が巫女の命を必要とした理由は、彼女達の命を賭けなければそんな力を得る事は出来なかったから。そこを分かっていて、それでも何度も儀式を行える巫女を育てるのは至難の業という他なかった。
そんな難題を解決すべく、彼女と大人達の挑戦が始まった。まず必要だったのはどのようにすれば何度も儀式を行える巫女を育てる事が出来るかを知る事だった。「彼女」はそんな中生まれてきた。ようやくめどが立った頃、今度は儀式から生きて帰ってくる方法を探るために妹が生まれてきた。「彼女」の妹は危ない思いを何度もしながら、その方法を確立していった。「彼女」と妹は本番に挑む妹達の為に体を張り、そこで役目を終える予定だった。そうしてもう一人の、いよいよ儀式をこなすための妹が誕生した。大人達にとっても初めての、何度も儀式を行える巫女としてこの妹はデビューを飾った。夢と野望とが一気に現実に近づいた、と大人達は喜ばずにはいられなかった。けれどもたくさんの夢と野望を、この妹一人で背負える筈もなかった。もちろん次々と妹達を生み出せればいいのだし、そうする事は既定方針だった。けれども、頭数を揃えるには相応の時間と金とが必要なのは今までと変わらない。大人達はこの姉妹の長女と次女にも儀式に臨ませる事をを思いついた。生きて帰ってくる方法を探り続けた次女にそれだけの力は残っていなかったから、白羽の矢は長女に立てられた。
「彼女」は次女ほどではなかったが、元々儀式に臨む為に育った訳ではなかった。「彼女」には三女と同じように儀式に臨める自信はなかった。そんな中、「姉なら出来る筈です。私は姉に教わった通りにしただけなんですから。」妹は静かに、けれどもはっきりと言いきった。三女が何度かの儀式を無事にこなして見せたしばらく後に、「彼女」はデビューした。「彼女」が妹達に力を与えたのと同じように、先んじた妹は姉に儀式を無事に終えるために必要なあらゆる事を教えていた。「彼女」が成功するのは、言わば当然だったかもしれない。更に二人の妹達が加わり、彼女達は大人達の夢や野望を次々とかなえ始めた。もはやこの姉妹にかなう者はいない、考えられるだけの夢や野望をすべてこの姉妹に託そう、そんな考えに大人達がたどり着くのは当然だったのかもしれない。
だがしかし、彼女達とて今までの巫女のように帰って来れても変わり果てた姿にならない、それだけだった。その巨大な力を得る為に儀式の後には別人のように痩せ細らなければならなかったし、儀式の過酷さは繊細な彼女達の体を傷つけた。再び儀式に臨めるようになる為には体を入り過ぎるくらい念入りに治さなければならなかった。夢や野望はあまりに多いのに思っていたほどには姉妹が儀式をこなせない事が分かってくると、大人達は次第に無理強いをするようになった。時間を守れというのは、言う方には簡単な事だったが、命がけで儀式に臨む姉妹にとってはそうではなかった。姉妹の身近な大人達もそれは理解していたから、しばらくは姉妹をかばう方に回っていた。けれども、大多数の大人達の圧力が、姉妹の味方を一人、また一人と奪っていった。
ある時、儀式の後の姉妹の治療をしていた大人が異変に気づいた。確かに彼女達は華奢で繊細だ。けれどもこんな傷を作ってしまうような事はない。その大人はおかしいと訴えたが、傷の出来る理由が分からなかった。ほとんどの大人達はこう思った。確かにおかしいには違いないが、まあ何かの偶然だろう。そんな訳の分からない事でぎっしりと予定の詰まった姉妹を眠らせる訳には行かないんだ、と。いつも傷が付く訳でなかったのは事実だったが、有頂天になった大人達には些細な問題としか受け止められなかった。
姉妹がぐずるようになったのは、そこでは珍しく寒さのきつい冬の事だった。大人達はぐずる姉妹をわがまま癖が出たとしか見なかった。けれども、姉妹の体は寒さに慣れてはいなかった。「こんな寒い中、体が動かない！」と「彼女」はかんしゃくを起こした。だがしかし、もはやわずかに残っていたかばってくれる大人達もいなくなった。「彼女」にはもう、大丈夫、大丈夫と呟きつづけて儀式に臨む事しかできなかった。そうして迎えたあの朝、予定がもう何日も遅れて焦っていた大人達が彼女のつぶやきを聞く事はなかった。そして、「彼女」の儀式は始まった。
あれからもう何年も経つ。けれども私はあなたを忘れない。忘れる訳にはいかない。きっと私は、あなたを追い詰めた側の人間だから。
あなたを忘れない。
Modification History
- 30 Jan.2003
- 微妙に改訂（表記の統一が不十分な箇所を修正）