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written in 1 Jan.2000
私の勤め先では、年間の休みなどを決めたカレンダーが11月頃に配布される。当時出向社員として所属していた和歌山の子会社でもそれは同じだ。配布されたカレンダー―クレジットカードサイズだ―を見て、私は目を疑った。盆休みが8月12日〜17日になっているのだ。申し込んだトルコ皆既日食ツアーは8月9日〜17日。有給休暇を2日取れば行けるというもくろみはあっさり崩れてしまった。2日にこだわるのには訳がある。3日以上連続で取ろうと思うとなかなか簡単には行かないのだ。幸か不幸か、私は入社以来使った有給休暇が平均して年1日程度なので、日曜と盆休みをつなぐ超ひんしゅくな取り方をする事も出来ない事はなさそうだと判断した。有給休暇だけでは足りなくて欠勤扱いで休む人だっているのだ。今まで取った有給だって祖父の葬式と40度の熱でダウンした合計3日分を除けば事前に申請して取ったものばかりだ。周囲に迷惑をかけないという訳にはいかないが、それは最小限に抑える事が出来るのだから断られる理由はない。そして、ボーナスシーズンを過ぎた時期は比較的暇な事も多い。いくらなんでも半年前から申請するという訳にも行かないだろうから、3ヶ月くらい前に申請すればいいだろう。もらったカレンダーを見ながら、私は取らぬ有給休暇の皮算用をしていたのだった。
年が明けて早くも半年前、2月になって一つの不安が首をもたげた。9月に申し込み金を振り込んで以来、ツアーを企画した（株）誠報社からも主催の東急観光（株）からも何の音沙汰もないのだ。半年前ともなればもうあらかたのツアーは出そろっている頃の筈だ。万一申込書が行方不明になったなどの理由で申し込みが受理されていないという事態になっていたら日食を見損なうという事になりかねない。仕方ないので（株）誠報社に問い合わせてみる事にした。しかし私は電話での交渉があまり得意な方ではない。そこでFAXを送る事にした。もっとも、出来上がった文面は表向きは問い合わせだが悪く言えば脅迫であった―「検討し直さなければならないので」なんて要するに「キャンセルするぞ」って言っているようなものだからねぇ―。（株）誠報社の反応はここでも非常に早かった。翌日の朝早いうちには留守番電話に申し込みが受理されている旨のメッセージが吹き込まれていたし、その翌日には申込金の領収書が郵送されてきた。もちろん私もメッセージを受け取った旨のFAXを即座に送ったのは言うまでもない。
さて、右目に違和感を感じるようになった3月中旬に話は進む。詳細は引越顛末記１を参照していただく事にするが、転勤話が持ち上がったのだ。いや、私がその話を聞いたときには既定事項だったのだが。ゴールデンウィークの連休明けから大阪の本社に戻る事になったのだ。3月上旬に送られてきたツアーの資料にパスポートは早く取っておくように書いてあったのを読んだばかりで、和歌山だとどうしても休まずには取りに行けないなぁと思っていた矢先の出来事である。この時点では私はパスポートを持っていなかった。それどころか私は海外に出た事も飛行機に乗った事もなかったのだ。パスポートは都道府県に申請するから引っ越しとなると面倒な事になる。いろいろ考えた結果、妙案を思い付いた。要するに、パスポートの申請には住民票と戸籍抄本が必要なのだ。住民票は転入したその日に申請したって発行してくれる。カレンダーによれば、4月30日は会社は休みで役所は平日だ。最悪、大阪府のパスポートセンターは申請は16時30分までのようだが受領は19時くらいまでやっているらしい―パスポートセンターまでは勤務先から30分ほどで行ける―。だとしたら、有給休暇を1日取って和歌山で転出届を出したその足で大阪に転入届を出し、その場で住民票を発行してもらってパスポートを申請すればいいではないか。実際に私は転入・転出届とパスポート申請のほかに新居の引き渡しと運転免許の住所変更も1日で済ませてしまった。部屋探しなどでこの3月下旬から4月にかけてはやたらと忙しかったのだった。
4月30日に無事にパスポートも手にし、この時点で送るべき書類は全て送ったので安心したのだが、ゴールデンウィークの連休が明けた時点で私は仕事でかなりしんどい思いをする事になった。元々私は手先が器用な方でも速い方でもないので工場のライン作業を得意とする方ではない。とは言え和歌山では何だかんだ言ってやってきていたのも事実なので、まあ何とかなるだろうと思っていた。しかし…大阪の工場でのスピードは私の限界をかなり大きく超えていたようだ。かなりしんどい思いをしながら数日、あるいは十数日で付いていけそうな様子が見えてきた翌日に、突然元の大きく遅れる状態に戻るなんてことが数回繰り返された。何のことはない、ベルトコンベアのスピードが上げられていたというだけの話なのだが。付いていけない焦りと、事実上一番下っ端にリセットされた状態でひんしゅくな盆休みの取り方をさせてもらえるだろうかという心配が私の毎日を支配していたのだった。おまけに盆休みの事情は和歌山よりも悪化していたのだ。和歌山が12〜17日なのに大阪では12〜16日なのだ。合計4日連続で有給休暇を取らなければならない。ただでさえ出来の悪い私がとんでもない休みの取り方をしなければならないのだ。和歌山にいたときには早めに宣伝して既成事実化を図る魂胆だったが、その方針を大阪で取るのはかなり危険な事と思われた。もう少しましな状態になるであろうと思われた―事実とはやや異なるが―6月下旬以降に3日連続の有給を申請し、最終日は飛行機が遅れたとか何とか言って無理矢理休もうかとも考え始めた。
そんな状態で迎えた6月である。まずは上旬に東急観光（株）から封筒が届いた。5月には旅行の資料を届けるという事だったので多分これの事だろうと開けてみてびっくり、そこには「残念ながらツアーは中止します」という内容の文が入っていた。2月頃からトルコでは民族紛争に関わるテロが頻発していたのだが、どうも安全を確保出来るかどうか怪しいという事で中止する事にしたというのだ。この時期、確かにトルコのテロ事情はピークを迎えていたのは事実である。外務省が出している海外渡航安全情報でも危険度のランクが上がっていた。しかし天文雑誌の下見ツアー―まともな日食ツアーには下見が付き物だ―では軍隊が付き添ってガードしているなんて記事もあったし、特に中止する事もなく締切間近である事を伝える広告を載せているツアーも多かった。一方で中止するツアーも結構あった。この問題は私をかなり悩ませた。私の取れる選択肢はこんなものだった。
1はもちろん論外だ。2は皆既時間が長くなるし前回述べたツアー選定条件の一つである「移動せずに皆既帯にいられる事」を完璧に満たしているのだが晴天率はトルコより落ちる。3はトルコと言ってもいろいろな場所があるが、何と言ってもこれ以上治安事情が悪化して直前になってツアーが中止という事になるとリカバー出来ない。4は例えばイランとか西ヨーロッパなどのツアーに乗り換えるという事だが、西ヨーロッパは晴天率が5割以下なので論外だし―観光メインならこういう選択もあるだろうが―、イランは晴天率が9割と好条件だが気温が50℃にもなるという問題がある―トルコの場合でも40℃くらいだ―。考えあぐねた末、私は2の（株）誠報社のハンガリーツアー乗り換える事に決めた。日程の短めなA-4コース（8月9〜14日）である。これで有給休暇の問題は1日分解決した事になる。日程もだが、このA-4コースは費用が安いのも魅力の一つだ。まあ、往復に”あの”アエロフロートを使うという事もあって安いのだが。ここまで決定したのは6月も下旬になってからの事だ。他社も含め、ほとんどのツアーはこの時期に締切を迎えていたからもう変更は効かないと言っていい。
そして、同じ頃。会社で偉いさんの話を聞く事になった。8月の受注状態が思わしくないので秋以降の休みを8月に振り替えるという事になったというのだ。早い話、8月は暇だから忙しくなる秋以降の休日をつぶす代わりに8月に休んでもらうという事だ。そして、8月9〜11日が休みになる事になった。なんと、私は1日も有給休暇を取る事なく旅行に出られる事になってしまったのだ。こうなったら休みを取る為の根回しは一切必要ないし、してしまっては一つの計画がだいなしになってしまう。という事で、旅行の事は基本的に一切秘密という事で動き始めた。
それにしても、こうやって書いてみると改めて二転三転している事を実感してしまうなぁ…。